浴室にシャワーの音がよく響いていた。
そこには男が一人居るだけだった。
頭からお湯を浴びながら考えている。
先ほどの傷も癒えている。驚異的な速さで。
隼人は、深いため息を付きながら
「なぜ・・・俺は梓を助けた?どうして?」
判らない事ばかりだ。自分が命令違反をした事。
つまり、梓を助けた事。
ゾアノイドとしての自分には有り得ない事だ。
幾ら考えても判らない。
出口の無い迷路に入ってしまった。
隼人は、頭を大きく振った。
回りに水飛沫が飛ぶ。
「やめた。判かんねーもんは仕方ないしな。
どうにかなるだろうし。」
そう言いながらシャワーを止める。
(本当にそうか?どうにかなるのか?)
いささか不安である。
(このまま逃げ切れるか?何時まで逃げ切れる?
 梓だって家族が居るだろうし、俺にだっている。
大切な妹が。
 何時かクロノスが気づく、俺が命令違反をした事に。
その時、どうなるのか?
きっと消されるだろう、俺に関った人間すべて。)
隼人の背筋がゾクッとした。彼らならやるに違いない。
不意に脱水所に声が聞こえる。
「ねぇ、何時まで入ってるの?聞こえる?」
梓の声だ。
どうやら何時までも出てこないので心配したらしい。
隼人の顔がフッと和らぐ。
「なんだ、お前も一緒に入りたかったか?」
「なっ、んな事ないでしょう!
ただ遅かったから・・心配して・・
 もういい!心配して損した!」
(今の梓の顔が判るな。)
そんな事を考えながら隼人は、
手早く置いてあったバスローブを着て部屋に戻った。
案の定、梓は膨れていた。ソファの上で。
「どうした?一人で寂しかったのか?」
「何で寂しいのよ!私はただ・・!?キャー!」
梓は、後ろから抱きしめられた。顔は茹蛸状態だ。
「あのさ、服、買ってきてくれ。」
「はぁ?」
「だから、服。買ってきてくれ。」
(そういえば、隼人は怪物になった時に服を破っている。
 その後、私がパパのシャツを着せたんだっけ。)
「私が買いに行くの?もうお店閉まってるよ?」
確かに、今は真夜中だ。普通の店なら閉まっている時間だ。
「今じゃなくて、朝にだよ。
あと、俺の部屋にも行ってほしい。」
「あんたの部屋に?大丈夫なの?行っても?」
梓は、思わず振り向いた。まじかに隼人の顔があった。
「俺じゃマズイかもしれないが、お前なら多分平気だろう?
 それに今の内に金を確保しとかないとな。」
暫し二人は、お互いの顔を見詰め合っている。
隼人の方が先に静寂を破った。
「俺はこれじゃ動けないんだよ、判るよな?」
隼人は、今着ているバスローブしかないのだ。
他には、梓が着せてくれたシャツ一枚のみ。
「それに、ここのホテル代、お前払えるか?」
立て続けに言われてしまって、何も言われない梓であった。
「判ったわよ。行けば良いんでしょう?」
「サンキュウな、あとで隠した鍵の場所教えるな。」
(本当に調子のいい奴。なんか私、振り回されてる?)
思わず隼人を睨んでしまう梓であった。
その視線に気づいているのか、いないのか
隼人はテレビを見ている。
(いい気なもんだ、こいつは。
何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。)
「私、シャワー浴びてくるね。
ただし、覗いたらヤダからね。わかった?」
「覗かねーよ。安心しな。」
隼人は、梓の方を向かずに答えている。
部屋には、テレビとお風呂の音しかしなくなった。
梓は、湯船に入っていた。
「ふぅー、気持ち良いな。」
今日は、色々な事が有り過ぎた。
普通なら考えつかない事が次々と起こった。
(私、どうなるのかな?
ママ、心配してるかな?
変なの、一人になった途端に色々考えちゃう。
 それも悪い方にばっかり。
どうしてかな?隼人と話してる時は平気だったのに。)
「考えるのよした。さっさと、体洗って出よ。」
そう言うと、梓は湯船から出た。
そして、数時間後には部屋の中は、
二人の寝息しか聞こえなくなっていた。
少女の寝息は、ベットから。
そして、もう一人はソファから。
部屋の中に一時の平和が訪れていた。
儚く脆い時間が過ぎていった。