少し離れた所に王崎が立っていた。
そして、冬海が自分に気がついたのが、分かると声を掛けてきた。

「冬海さん、帰るんでしょう?よかったら、送らせてもらえるかな?」
「えっ、でも…悪いですから…」
「そんな事無いよ。送らせて欲しいんだけど…迷惑かな?」
「そっ、そんな事無いです。迷惑なんて…その…ありがとうございます」
「ううん、自分が送りたいだけだからね」
そう言いながら、王崎は笑顔を冬海に向けた。

『勘違いしてしまいそう…』

冬海は、そう思ってしまう。
王崎は、誰にでも優しい。
困っている人がいれば、手を差し伸べてくれる。
だから、自分もその他大勢と同じ。
頼りない後輩の一人だと。
でも、王崎の優しさに触れるとつい、自分だけに向けてくれるのだと勘違いしてしまいそうになる。


「冬海さん、少し公園に寄っていかない?」
「公園ですか?」
「うん、公園。だめかな?そんなに遅くならないようにするから」
「はい、いいですけど」
「よかった♪」
王崎は、ほっとしたような顔をした。
二人は、今日の事、部活の事、他愛もない話をしながら公園までの道を歩いた。


このまま、時が止まってしまえばいいのに…
そうすれば、先輩の笑顔を独り占めできるのに…
今だけは、私に笑顔を向けてくれているから…
いつの頃からだろう…
こんな気持ちになったのは…
でも、この気持ちを知られたら、きっと先輩は呆れてしまうだろう…
こんな我が侭な自分を…


「どうしたの?冬海さん?」
いつの間にか、公園に着いていた。
心配な顔をした王崎が、目の前にいた。
「えっ、いえ。何でもないです」
「そうぉ?何だかボーとしてたみたいだから…」
「…すみません。本当に何でも無いですから…」
「そう、ならいいけど。…あっ、あそこのベンチに座ろうか?」
「はい」
二人は、海に面したベンチに腰を下ろした。
王崎と冬海の間は、少し開いていた。
遠くなく、近くも無い距離。

王崎は、この距離を縮めたかった。
いつもオドオドと他人の事を気にしてた後輩。
だからかもしれない、心配でいつの間にか気になったいた。
彼女の作り出す音楽は、澄んでいて綺麗で彼女自身と似ていた。
自分は、この音楽と彼女自身を欲しいと…
こんなにも一人の人を気になる事なんて、無かったのかもしれない。
今は、まだただの先輩だけど…

二人は、静かに海を見ていた。
どちらとも声をかけづらくて…
静かに時間だけが過ぎていく。
静寂を破ったのは、王崎の方だった。
「ふぅ、駄目だな…」
「えっ?」
「あっ、ごめんね。自分に対してだから」
「あの…?」
「えーとね、冬海さん、手を出してくれるかな?」
冬海は、王崎に言われた通りに右手を差し出した。
「えっと、これでいいですか?」
「うん、ありがとう」
そう言いながら、王崎は冬海の手に小さな箱を置いた。
「あの?これ?」
「君のお誕生日プレゼント。なかなか切り出せなくて…」
「えっ?でも…いいんですか?」
「うん。君に貰って欲しいんだ」
「ありがとうございます。私、嬉しいです」
「よかったら、開けて見て」
「はい」
冬海は、慎重に綺麗にラッピングを解いていく。
そして、中には冬海に似合いそうな、皮のベルトの小さな腕時計が入っていた。
「わぁ…可愛い…あの、本当にありがとうございます。」
「気に入ってもらえたのかな?君によく似合うと思ったんだけど…」
「はい、とっても。嬉しいです」
冬海がふと、王崎の方を見ると優しい笑顔で自分を見ていた。
ボンと音がする位に一瞬にして冬海の顔が赤くなった。
「冬海さん?大丈夫?」
「あっ…えっ…その…」
王崎は、パニックになってる冬海を優しい瞳でみていた。
「あのねぇ、冬海さん。聞いてくれるかな?」
冬海の手を取りながらそう囁く。
「えっ?あの…せっ…先輩?」
冬海はさらに訳が分からなくなっていく。
そして、次の言葉によってさらに加速していく。
「キミが好きだよ」
そう言いながら冬海の手首に、先ほどの時計を王崎は、優しく付けた。
「今日、きちんと言いたかったから。自分の気持ちを伝えたかったんだ」
「………」
「冬海さん?」
先ほどから俯いている冬海を心配したのか、王崎は彼女の顔を覗き込んだ。
「冬海さん!ごめん。俺、自分の事ばかりで…キミの気持ちを…」
「ちが…違うんです…私…うれ…しくて…だから…謝らないで…」
彼女の大きな瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
悲しい涙ではなく、嬉しい涙が…
王崎は、微笑みながら冬海に訪ねる。
「…それは、どういうことかな?」
「えっ…あの…」
「キミの心をきちんと言葉で言って欲しい…」
「先輩…」
冬海は、目を閉じてそして、自分の思いを込めて
「私も…先輩が…好きです…」
そう、小さな声で囁いた。
王崎には、それで十分だった。
「よかった…」
「えっ?」
「少し、不安だったんだ。冬海さんには、嫌われてはいないと思ってたけど…キミの言葉を聞くまでは」
「先輩…私…なんかで…いいんですか?」
「うん?何言ってるの?俺は冬海さんがいいんだ。冬海さんは?」
「///私も…先輩が…いいです」
いつの間にか二人の距離は無くなっていた。


「あのねぇ、冬海さん」
「はい?なんですか?」
「これ」
そう言いながら王崎は自分の左手首を見せた。
そこには、冬海とお揃いの時計があった。
「あっ、それは…」
「うん。冬海さんのとのペアなんだ。こういうの嫌?」
「そっ、そんな事ないです」
「これ、見つけた時ね、この時計を見て冬海さんが俺の事、思ってくれるといいなぁって思ったんだ」
「先輩…じゃぁ、先輩も私の事…思ってくれますか?」
「もちろん!」
王崎の最上級の笑顔が帰ってきた。
「それにこの時計にみたく一緒に時を刻んでいこうね」
「先輩…はい」
二人の腕の時計は、時を刻んでいく。

 
王冬でした。
王崎先輩、確信犯です。ペアの時計を買った時点で(^^;
毎回ですが、この2人、動いてくれないんですよね。
静と静同士だからでしょうか?
書き出すと、どうにか動いてくれるんですが…