あまのじゃくな恋のお題 【柚木 吉羅 衛藤】

肩をぶつけて作るきっかけ(衛藤)
偶然の言い訳は二回まで
拗ねたあの子のなだめ方
冗談に混ぜ込んだ本気(柚木)
へたくそな笑顔が隠したもの (柚木)
君が先に泣くから泣けない
すべては傷つけない為に
心に触れる手前の足踏み
優しさに応える勇気
君が言えなかった ひとことを(吉羅)



肩をぶつけて作るきっかけ(衛藤)

最初は、偶然に聞こえた演奏だった。
何度か行ってる学院の広場で聞こえた控えめで、でも澄んだクラリネットの音。
ここの学院は、色んな音楽があふれてるけど、何故か気になる音だった。
その演奏を奏でてるの人間は、どんな奴だとうと思いその音を辿って行く。
森の広場と呼ばれる所のさらに奥で、一人静かに一人の少女がいた。
なぜ、こんな奥で演奏してるのか?そんな事は知らなかった。
ただ、なぜか耳に残る音だった。

2度目の偶然だった。
街で彼女を見かけた。
あの耳に残ってしまったクラリネットの女の子。
でも、相手は俺の事は知らない。
だったら、教えればいい。

彼女とすれ違いざまにワザと肩をぶつける。
「悪い」
「あっ、すみまません」
その少しの声にドキリとした。
彼女は丁重に謝って行こうとするのを俺は、手首を掴んで阻止する。
「えっ?あの…」
「あんたさぁ、昨日、学院の広場で演奏してたよなぁ・・・」
「あ、あの…なんで…」
「あの演奏さぁ、なんでか、耳に残るんだ」
「あの…あの・・・」
どうしてか彼女の体は、小刻みに震えている。
「あのさぁ、なんで震えてる・・・」
「ごっ、ごめんなさい」
そう言うと、彼女は手を振り切って逃げて行ってしまった。
「…」
まぁ、いいや。これで俺の顔は覚えただろう。
後は、またあそこに行けば会える。
何故か、そう確信があった。




冗談に混ぜ込んだ本気(柚木)

今日、何度目だかわかならい溜め息が出る。
「どうしたの?」
冬海は、しまったと思ったが、遅かった。
今は、柚木と一緒に練習中なのに・・・
「えーと・・・その、何でもな・・・」
「何でも無くは、無いよね。」
冬海の言葉を遮りながら、柚木はニッコリと微笑んだ。
ここ、練習室には柚木と冬海の二人しかいない。
誰も助けてくれる人はいない。
「・・・すみません。」
「何も溜め息ついた位で、怒らないけどね・・・お前、何を隠してる?」
確かに自分は、隠し事には向かない事は分かっているが、こうもすぐに分かってしまうものだろうか?
だからと言って、冬海の溜め息をついた原因を言ってしまっていいのかと思ってしまう。
何時までも、言い出さない冬海に柚木は少しイラだった声で言った。
「あのなぁ、何か心配事があれば俺に相談しろと言ったはずだが・・・」
「すみません、でも・・・あの、これは・・・」
「ふぅ、そんなに俺に言いたくない訳。」
「えっ、そうじゃなくて・・・その・・・先輩に迷惑かける訳には・・・」
「迷惑ねぇ・・・確かにかけられるのは、いやだね。」
「だから・・・」
「それは、他のヤツラならね。お前なら、かまわないよ。笙子。」
「えっ…あの…」
「分かんない?そんなに馬鹿なのか?お前ならかまわないと言ってるんだよ。」
柚木は、いまだに自分に遠慮する冬海に少し苛立ちを持っている。
もう少し、我が儘を言って構わないのだが、冬海は一切そういう事は言わない。
何でも自分の中に溜め込んでしまう癖がある。
柚木と付き合い始めた時も、親衛隊から嫌味やらかなり言われたようだが弱音を吐かなかった。
柚木もその辺には、気を付けて見てたし、冬海に分からないように守ってきた。
最近は、親衛隊からは何もされてないはずだ。
「やはり、あのアイツのせいか?」
「えっ?どうして・・・その、知ってるんですか?」
「はぁ、アタリか。」
最近になって冬海の周りをウロウロするヤツが居るのは、分かっていた。
「あの、たいした事ではなくて・・・」
「でも、溜め息つくほどなんだろうが。」
「・・・すみません。」
「言ってみろ。」
「・・・はい。」
冬海が言うには、同じ音楽科の男子生徒に付きまとわれているらしい。
いくら、自分は柚木と付き合っていると言っても聞かない。
「ふーん、そこまでされてて、俺に相談しないのは、なぜ?」
「・・・先輩は、受験で忙しいでしょうし・・・それに・・・」
「それに?」
「いつでも、先輩に頼ってしまうのは・・・その・・・いけないから・・・自分の事ですから・・・」
柚木は、驚いた顔を一瞬した。
ただ単に遠慮をしているかと思っていた。
でも違った。冬海は自分で頑張って解決をしようといていた。
しかし、面白くは無い。
自分の彼女が、他の男の事を考えるのは・・・
「だったら、手っ取り早い仕方があるなぁ。」
「えっ?あの・・・どういう事ですか?」
ニッコリと微笑む柚木は、
「うん、簡単だよ。結婚すればいい。」
「・・・はい?」
「お前は、もう16だろ?俺も18だから問題ないしね。」
「えっ?えっ?」
もう、冬海は頭はパニックになっていた。
その冬海を見ている柚木は、クスクスと笑っている。
「・・・先輩、からかわないで下さい。」
「お前が悪い。俺以外の男の事なんか考えるからだ。」
「でも・・・」
「口答えは許さないよ。お前は俺の事だけ考えてればいい。」
耳元でそんな甘いセリフを言われ、冬海は真っ赤になって座り込んでしまった。
「おや、どうしたの?」
座り込んだ原因を作った張本人は、涼しい顔をしながら冬海に手を差し出した。
「・・・先輩は、ずるいです。」
「どうして?」
「だって・・・そんな冗談を言って・・・」
「・・・誰が冗談を言った?」
「・・・先輩です。」
「冗談ではないよ。今すぐにはいかないが、お前は俺の傍に居なければいけないのだからね。」
「柚木先輩・・・」
「俺をこんなにした罪は、重いからね。笙子。」
そう言いながら、冬海をふわりと抱きしめた。
「お前は、俺のものだろ?だから、お前は俺の事だけ考えてればいいんだ」
「先輩・・・」
「お前の心配事は、俺が解決してやるから。その顔を曇らせるな、分かったな?」
「・・・はい。」
素直じゃない、でもいつも自分を守ってくれてる優しい人。
冬海は、柚木の温もりに満たされながら、自分がどれだけこの人に愛されているのか再確認した。




へたくそな笑顔が隠したもの(柚木)

「大丈夫ですよ」

いつもそう言いながら、微笑むお前。
俺が分からないと思ってるのか?
その泣きそうな顔で、何が大丈夫だ。
俺に心配を掛けたくないのは、分かる。
お前は、そういう奴だから…
でも、素直に俺に頼ってみろ。
何でも自分で解決しようとするな。
俺は、お前の前でだけ仮面を取ってるのだから…
お前も素直になれ。

…お前が泣きそうな顔は好きじゃない。
特に、俺以外の奴にさせられるのは嫌いだ。
だから、俺が守ってやるよ…
ずっと…傍にいろよ




君が言えなかった ひとことを(吉羅)

「っ…」
君が息を呑むのが聞こえる。
この場所は、私には不釣合いな所で彼女を腕の中に閉じ込める。
夕暮れの練習室で、彼女は静かに泣いていた。
それを見た途端、私の中で何かか動いた。

こうも、恋とは愚かな行動をさせる。
見守るだけでいいと思った。
自分とは年も離れてる。
それに彼女はこの学院の生徒で、私は理事。
だから、見守っていこうと決めたのに…
どうやら、それさえも彼女の想いによって壊された。
いや、壊してくれたのかもしれない。
それを私は待っていたのかもしれない。

最初はただのコンクールの参加者の一人だった。
あの悪戯好きなファータが、お節介に色々と教えた。
参加者の事を…
最初は彼女に、彼女の音に姉を重ねていたのかもしれない。
何気に頑固で、努力家で、そして、とても澄んだ音を奏でる彼女に…
気が付いたら、彼女は私の心に住み着いてしまった。
姉に似ているのではなく、一人の少女として…
彼女もコンクールやアンサンブルの参加者だからか、理事室に来ては色々と手伝ってくれていた。
それをいつの間にか、私は楽しみにしていた。

今日の卒業式で、彼女との関係は何も無くなるはずだった。
ただ、それは私の諦めでもあった。
私は何も動かなかった。
彼女の音が、音楽が私に向いてる事に気がつきながらも…
怖かったのかもしれない。
また、失ってしまう事に…
悪戯好きなファータは、静かにそして、諭すように言った。
『冬海笙子が、練習室で泣いている。それは、お前、吉羅暁彦のせいだと』
だから、彼女の元に行って欲しいと。

ああ、私は、もう彼女を離す事は出来ないだろう。
それが、彼女のために良くない事でも、出来はしない。
だから、この気持ちを、言葉を否定しないで欲しい。
この腕の中で小さく、とても愛しい人に囁こう。
今の私の気持ちを。

「君の事を愛している」