少しでもいいから逢いたい

逢いたい…
逢って、話をしたい…
なんでこんなにも逢いたくなるのか…
離れてるから?
日本にいた時だって、何日も逢えない日はあった。
その間は、声さえ聞けなかったはずなのに…
今は、電話越しだけど声は聞ける。
それなのに、なぜ?
こうも逢いたくなるのはなぜ?


日本に帰ってきてから自分を取り巻く世界が変わってしまった。
自分は変わってないのに…
周りの人の自分に対しての接し方が変わってしまった。
どうしてと戸惑う自分と
その一方で、仕方ないと諦めている自分もいる。
彼女はどっちだろう…
変わらないでいて欲しい…
いままでと同じに自分に話しかけて…微笑んで…
でも、ただの優しい先輩ではいたくない。
君の事が大好きだから…
俺には、君が必要だから…


久しぶりに王崎信武は、星奏学院に来た。
ウィーンから帰って来てから初めてだった。
何だか、だいぶ時間が経ってる気がする。
少し前は、ここに来る事が当たり前だったのに。
学院内を歩いてると、沢山の人に声を掛けられる。
そのほとんどが、ウィーンのコンクールの事、軽くお礼を言いながら目的の場所を目指す。
多分、彼女がいるであろう場所を。

森の広場の片隅から澄んだクラリネットの音が聞こえてくる。
演奏の邪魔をしないように静かに近づいて行く。
彼女の演奏を聞きながら、王崎は彼女の変化を読み取っていく。
また、上達したなぁとか自信がついた演奏になってるとか、少しの変化も見逃さずまいと言う感じで、
王崎は、体全身で彼女の演奏を聞いている。
それは、王崎が日本にいなかった時間を少しでも埋めようとしているみたいでもあった。

冬海の演奏が終わった。
その途端に拍手が聞こえた。
拍手の先には、王崎がいた。
「えっ?王崎先輩…」
「すごく良かったよ。また、上達したね、冬海さん」
「あっ、ありがとうございます」
冬海の姿を見ながら、話をする。
あれだけ逢いたかったのに、どうしてこうも不安になるのだろう。
それは、他の人と同じだったら…そう思ってしまうからだろうか。
「えーと、王崎先輩。おめでとうございます」
冬海は、深々とお辞儀をしながら、そして、少し照れながらお祝いを言った。
「えっ?あっ、うん。ありがとう」
「あっ、あの、今日は、時間、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。何かあるの?」
「えーと、その…」
冬海は、近くに置いてあった鞄から何かを取り出した。
それは、手に乗る位のちいさな紙袋だった。
「あの、これ…上手では無いんですけど…何かお祝いがしたくて…」
そう言いながら、その可愛い紙袋を王崎に差し出した。
「俺に?いいの?」
「はい、その、ご迷惑でなければ…」
「ありがとう。中、見てもいい?」
「はい。その、たいした物では無いですよ」
中身は、小さなクマのぬいぐるみだった。
それは、王崎のように眼鏡をしていて小さなヴィオリンを持っていた。
「これ、冬海さんが作ったの?可愛いねぇ」
「えーと、小さなヴィオリンが売ってたので…作ってみたんですけど…」
「そうなんだ。あれ?いい香りがする」
「はい、ポプリが入ってるから…」
「へぇ、落ち着く香りだね」
「先輩、いつもお忙しいから…その、少しでもリラックスして貰えたらなぁって…」
「…冬海さん、ありがとう。本当に嬉しいよ」
「良かった。喜んでもらえて…」
冬海は、いつものように胸元に手をあててホッとした。
その様子を王崎は、目を細めながら見つめてた。
「ねぇ、何かお礼をさせてくれる?」
「えっ、そんな…私、その…」
「うん、分かってるよ。でも、俺が冬海さんに何かしたいんだ、ダメ?」
「あっ、えーと、その…お話、して下さい。ウィーンの事、王崎先輩があちらで感じた事…いいですか?」
「もちろん、いいよ。俺が、感じた事、そして、思った事」
「はい」
王崎と冬海は、近くのベンチに座って話し出した。


君は、変わってなかった。
ううん、変わってたけど、本質は変わってなかった。
俺の好きな君だった。

俺が思った事、それはね。
少しでもいいから逢いたいって思っていた事。
そして、君が好きだって事。
それが、俺の音楽につながってたんだよ。



王崎先輩×冬海ちゃんでした。
久しぶりに王崎を書きました(^^;
この2人は、まったりとした雰囲気があるんですが、結構王崎先輩って押しが強い気がするんですよね。
なんでだろう?