見てるだけじゃ我慢できない

何度目だろう、こんな場面を見てしまったのは。
嫌な光景だ。
彼女一人に対して、何人もの人間で囲んで罵声を浴びせてる。
そのほとんどが、嫌味。
そうまでして、他人を傷つけたいのか、分からない。
自分だったら、たいして気にしない。
でも、彼女は優しいから、きっと…
だから、彼女を傷つけるのは許したくない。


一生懸命に練習を、音楽を頑張ってるのに、何も知らない奴が言う事ではない。
彼女は、頑張ってる。
コンクールとか人前に出るのが苦手なのに、逃げ出さずにいる。
それどころか、少しづつであるが積極的になってきた。
それは、多分、日野のせいだろう…
偶然に見かけた、日野といる時の顔が忘れられない。
あんな風に笑う彼女の顔が…俺には向けてくれない笑顔…
そう気が付くと胸の奥がズキリと痛む。
俺にもその笑顔を見せて欲しい…
いつの間にか願っていた…
見てるだけじゃ我慢できない。

だからだろう、勝手に体が動いていた。
彼女を傷つけたくないから…


乾いた音がなった。
と一緒に左頬が熱くなった。
目の前の女子達は、驚いてる。
当たり前だろう、まさか俺が割り込んでくるなんて想像もしていはずだから。
振り下ろした手をそのまま、固まっている。
そんなのは、お構い無しに後ろの彼女に視線を向ける。
「大丈夫か?冬海さん?」
彼女も驚いていた。
「えっ?あっ、はい。あの…」
そう、言いかけた時、後ろから声がした。
「つ、月森君!あの…月森君を叩く、つもりは…」
「…冬海さんならいいのか?」
「!!」
冷たく言い放つと、目の前から目障りな彼女達はいなくなった。

「せっ、先輩…痛くないですか?」
弱々しく、とても心配そうな声が聞こえてくる。
彼女は、俺の左頬に触った。
少し冷たくて小さなキレイな指先が触れる。
「痛いですよね。すみません、私のせいで…本当に…ゴメンなさい…」
そう言いながら、ポロポロと頬に涙が流れてる。

自分の為に心配してくれてる…
自分の為に泣いてくれてる…

それが嬉しかった。

「いや、俺が勝手にした事だから。君が謝る事は無いから…」
「でも…」
「君を…君を、傷つけられたくは無かったから…」
「…先輩…」
「だから、気にしなくていい」
自然と視線が絡み合う。
「君を…冬海さんを守りたかったから…」
そう言いながら、左頬を触っている手に自分の手を重ねる。
一瞬、彼女の手は動いた。
でもそれはほんの一瞬。
まだだ、手は重なり合ってる。
「でも…私は…いやです」
今度は、俺が一瞬、動いた。
否定されたから。
今の俺の顔はどんな顔をしてるのだろう?
きっと情けない顔をしてるに違いない。

そう思って、手を離そうとした時
「私…は、いやです。先輩が傷つくのは…いや」
そう、聞こえた。
それだけ言うと、彼女は下を向いてしまった。
「冬海さん…それは…」
彼女の手をしっかり掴んで彼女の顔を覗き込む。
やはり真っ赤になってる。
「…都合いい解釈をしていいんだろうか?それは…」
小さく頷いた。
だけど俺にとってはとても嬉しい答えだった。



久しぶりのお題です。
月冬です。この二人が付き合うと周りの方が心配しそう…
色々な意味で(苦笑