俺(私)のこと好き?

ねぇ、君は僕のこと好き?
僕のどこが好きなの?
僕のどんな所が好き?
そんな風に聞けたらいいのに…
そうしたら、この気持ちは楽になれるかも知れない。

いま、僕の心を占領している一人の女の子。
僕より一つ年下で、とても綺麗な音を奏でるクラリネット奏者。
いつからだろうね、君をこんなにも好きになったのは…
ここまで、本気で人を好きになった事あったかな?
だから、怖いんだ。
君に否定されるのが…
そうなったら、僕はどうなってしまうんだろう…



駅から学校に行く途中の交差点で、彼女を見つける。
「おはよう、冬海さん」
そう声をかけながら、さり気なく彼女の横に並ぶ。
「あっ、加地先輩…おはようございます」
「うん、おはよう。もし、よかったら一緒に行こう?」
「はい」
これが最近の僕と彼女との朝の挨拶。
偶然に会ったようにしてるけど、本当は待ってたんだ、彼女が来るのを。
でも、それは秘密。
そして、いつものように学校までの短い時間、他愛もない会話をする。
彼女とは学年も学科も違うから、学校内では合えない時が多い。
だから、この朝のこの時は貴重な時間。

学校が見えてきた。
もう少しで、この楽しい時間も終わってしまう。
そう思ったときに、
「あの…放課後、一緒に練習しませんか?」
「えっ?放課後?」
「あっ、無理でしたら…その…」
「…ごめん、今日は…日野さんと約束があるんだ。本当にごめん」
「日野先輩と…」
「うん、前から約束しててね…ごめんね」
「いえ…こちらこそ、すみません」
せっかく、冬海さんが誘ってくれたのに…でも、約束を破るわけにもいかないから…
アンサンブルの練習の約束だし、他のメンバーに、特に冬海さんに迷惑がかかるのは嫌だから。
そんな事考えてたらから、僕は見落としてたんだ。
彼女の、冬海さんの顔が曇った事に気が付かなかった。
『日野さんと約束が…』そう言った時に…


「ねぇ、加地君の音、変わったね」
放課後、練習室で日野さんが突然、言い出した。
「…?そう、自分では分からないけど…」
「うん、変わった。う〜ん、どうこがとかじゃなくて、何て言ったらいいのか分からないんだけど…」
「どうなんだろうね…自分じゃぁ、分からないからどうしようもないけど…」
「でも、いい事だと思うよ、私は。さて、練習再開しようか?」
そう言いながら、日野さんは、バイヴォリンを奏で始めた。
艶やかで、澄んでいる音が練習室に響く。
その音を壊さないようにヴィオラの音を合わせていく。
日野さんの音楽は、人を惹きつけさせる。
僕もその中の一人。もっと、近くで聞きたいと思った。
そして、日野さんの近くに来て、冬海さんの音楽に出会った。
僕の音が変わったのなら、冬海さんの事を思ってるから。


「お疲れ〜二人とも」
そう言いながら練習室に火原先輩が入って来た。
「あっ、火原先輩。もうこんな時間!」
「ははは、すっごく、集中してたみたいだしね。日野ちゃんも加地君も」
「まぁ、僕も他のメンバーに迷惑かけたくないんで…」
「うんうん、偉いなぁ…あっ、そう言えば、今さっき、冬海ちゃんにあったんだけど…」
「えっ、冬海さんに…」
「うん、何だか暗い顔しててさぁ、ここの練習室の前で立ってて…」
「何か用事でもあったのかなぁ?笙子ちゃん」
「うーん、声をかけたら逃げちゃってさぁ…少しショック…」
「ははは、火原先輩、そんなにションボリしないで下さいな」
「……」
火原さん達の声なんか聞こえなくなってた。
冬海さんが、暗い顔してた?
どうして?
「加地君?」
「すみません、僕、もう帰りますね。さようなら」
気が付いたら、僕は冬海さんを探してた。
彼女が悩んでたら、とにかく笑顔にしたい。どんな事をしても。
彼女は、笑っていて欲しい。

冬海さんは、屋上にいた。
でも、その姿はとても小さく、泣いている様な感じがした。
僕の方からは、顔が見えない。
「冬海さん?」
びくっと体を震わせて、こちらに振り向いた。
「か…じ…先輩…どうして…ここに…」
やっぱり泣いていた。
澄んだ瞳に涙が溜まっていた。
「どうして…泣いてるの?理由、聞いていい?」
冬海さんは、ぎゅっと目を瞑って小さく頭を振った。
「…何でも…ないですから…」
「何でもなくて、泣くのはずないから…僕じゃぁ、頼りないかも知れないけど…」
「…駄目…です…」
僕では、駄目なんだ。 悔しい…彼女がこんなにも悲しんでるのに、僕は何も出来ない…
「…やさしくされると…私…勘違い…してしまいそうに…なるから…」
「えっ?」
何を言ってるの?勘違いって?
僕の頭の中は、?マークが一杯になっていた。
冬海さんは、下を向きながら、我慢していた涙をポロポロと落とした。
「大丈夫…です…先輩は…日野先輩の所に…」
「駄目だよ。冬海さんが悲しんでるのに…」
「でも…日野先輩が…」
「関係ないよ、日野さんは。僕は冬海さんの事が!」
言葉を止めた。勢いで告白しそうになるのを。
自分を落ち着かせる為、彼女にキチンと伝える為に深呼吸した。
「どうして、君はこんなにも悲しんでるの?僕がここにいる事さえ駄目?僕は君には笑っていて欲しいいんだ」
「…加地先輩は…日野先輩の…事…好きなのに…私…なんんかが…」
「……」
今、なんて言った?僕が日野さんの事を好き?
冬海さんはそう思ってるの?
だから、勘違い?
だから、泣いてるの?
「分かってたんです…でも…今日の合奏…聴いて…もう…だめなんです…」
「……」
「苦しんです…加地先輩の事…諦めなきゃ…いけないのに…」
なんで、そんな事、言うの?
無意識に冬海さんの事を力一杯、抱きしめてた。
「!せっ、先輩…」
「ごめん、本当にごめん…」
僕が泣かせてた。
僕が原因。
僕が臆病だったせいで、悲しませてた。
僕が彼女を苦しめてた。
僕が…
「僕は…冬海さんが好きだよ…」
「!!…」
僕の腕の中で、小さな彼女の体が震えた。
「…ウソ…です…」
「僕は、冬海さんが好き」
「……」
「何度でも言うよ。君が信じてくれるまで。僕は、冬海さんが好き」
「私…」
「うん、ごめんね。言うのが遅くなって。君を苦しめて…」
「私…私…」
ポロポロと大きな瞳から涙が落ちていく。
それは、多分、さっきとは違う涙が…
「私…加地…先輩が…好きです…」
それは、消えそうな小さな、小さな告白だった。
でも、僕にはとても幸せな言葉だった。


暫く、僕は冬海さんを抱きしめていた。
いままでの分を取り戻すかのように…
僕の腕の中で、恥ずかしがってる冬海さんを見てるのが嬉しくて…
「…あの…加地先輩…」
「んっ?なぁに?」
「そろそろ…あの…放してもらえませんか?」
「なんで?」
「…その…恥ずかしいです」
「んー、どうしようかな?」
「えっ…あの…」
「クスッ、質問に答えてくれるなら」
「質問ですか?」
「うん、どうして、練習の合奏を聞いて悲しんでたの?」
「…先輩の…」
「うん」
「先輩達の音があまりにも素敵で、その、とても合っていて…それに…ヴィオラの音が…」
「僕の音?」
「誰かの為に弾いてるようで…その…そう思ったら…」
「日野さんだと思ったわけ?」
「…はい」
「う〜ん、それ、冬海さんの事、考えてたからだと思う…」
「えっ?私…ですか?」
「うん、僕、最近ヴィオラ弾く時ね、君の事考えてる事多いから…」
「…それじゃ、私…」
「あはっ、自分に嫉妬した事になるのかな?」
「///すみません、お騒がせして…」
僕の腕の彼女は、さらに赤くなっていった。
勘違いしてくれたから、僕は君に気持ちを伝えられた。
「でも、少し、複雑かなぁ…」
「えっ?あの…」
「ううん、何でもない。ねぇ…」
「はい?」
もう少し、ロマンチックに決めたかったけど…
今となっては、どうでもいい事かも知れない。
だって、君は僕のこと、好きだって言ってくれたから…

「僕のこと、好き?」

あれほど、怖くて聞けなかった言葉の答えが、今は聞きたくて仕方が無いなんて…



加地×冬海ちゃんでした。
冬海ちゃん、泣かせてしまってすみません。(先に謝っておこう)
加地は、本当に好きになったら臆病になるのではないかと思います。