金澤が車に寄りかかってタバコを吸っていた。

冬海は、その光景に目を奪われた。
そこに近づいてはいけないような気がして…
しかし、金澤の方が冬海に気がついた。
「よっ、帰るか?」
「あっ、はい」
「そうか、送るから…」
「えっ、いいです。一人で帰りますから…」
金澤と冬海の視線がぶつかる。

先生と生徒。これはどうあっても変わらない。
金澤と冬海は、これに恋人同士が付く。
他の人には知られては、いけない関係。
今も昔も歓迎されてはいない、先生と生徒では…
だから、できるだけ人目に付かないようにしてきた。
脆く、儚いかもしれない関係。
でも、二人は少しずつ歩み始めている。

「まぁ、電車だとマズイかもしれんが、今日はこれだから平気だろ」
そう言いながら、小さな車を指差した。
「先生、車…買ったんですか?」
「まぁな、色々と不便だったからなぁ…」
「不便だったんですか?」
「ああ、不便だった。でも、コレがあれば少しは、お前さんと出かけられるだろ、んっ?」
「先生…」
「まぁ、暫くはローン地獄だがなぁ、ははは…」

「さて、いつまでもここで話してても仕方ないから、さっさと乗る事。ほら」
そう言いながら、助手席のドアを開ける。
「あっ、はい。ありがとうございます」
助手席に座ると少しタバコの匂いがした。
金澤の匂い。コロンとタバコの匂い。
嫌な匂いではない、今は。
そう言えば、最近あまり金澤がタバコを吸っている所を見なくなった。
音楽準備室の灰皿も綺麗だし…
と冬海が考えてる内に車は走り出していた。

ふと、横を見ると当たり前だが、金澤の横顔がある。
こんなにも近くで、この人の横顔を見るのは、始めてかも…
いつも自分は少し後ろを歩くから。
まだまだ、一緒に横を歩けない。自分は子供だから…

そんな事を考えてたら、ふいに金澤と目があった。
「んっ?なにか付いてるか、俺の顔に?」
「えっ!いえ、何でも無いです」
冬海は真っ赤になって俯いてしまった。
恥ずかしい…そんなにジッと見てたなんて…
そして、ふと違和感を冬海は、先ほどの疑問が頭の中に浮かんだ。

「あの、先生」
「んー、何だ?冬海」
「あの、最近タバコ、吸うのやめたんですか?」
「あー、その事か。いや、止めてはいないなぁ…ただ…」
「ただ?」
「お前さんの前では、吸わなくしてるかもなぁ…」
「私の前では、ですか?」
「ああ」
冬海には、どうして金澤が自分の前では吸わないのか分からないようで、手を口の所に持って行きながら考えている。
運転をしながらそんな冬海を横目でみている金澤は、優しく微笑んでいた。

「冬海、少し寄り道をしてもいいか?」
「えっ、あっ、はい。かまいませんけど。どこに行くんですか?」
「海の見える所」
「海ですか?」
「ああ、あまり遠くないしなぁ。それに渡したい物もあるし」
「渡したいもの?」
「まっ、それは、着いてからの楽しみにしてろ」
「わかりました」

目的地に着くまでの短いドライブは、楽しかった。

冬海は、変わった。
コンクールを通して、いい方に変わっていった。
今までは、他人の意見に左右されていた。
自分自身を少しづつだが、出してきた。
もし、間違った方にいったなら自分が、導いてやればいい。
それをできるのは、自分だけだから。
どうしてかは、分からないが、そう確信できる。おかしなものだが…

海の見える駐車場に金澤は車を止めた。
「ここ、ですか?」
「ああ。で、まだ外に出るなよ」
「? わかりました」
「さて、どこにやったかな…」
金澤は自分の上着やズボンのポケットを探していた。
それを冬海は、静かに待っていた。
「おっ、あった、あった」
金澤は探していた物を冬海の小さな手ひらの上に置いた。
「先生、これ?」
「ああ、誕生日プレゼントだ」
「えっ!でも、先ほど貰いましたよ、私」
「あれは、あれだ。これは俺からのだよ」
「でも、悪いです。二つも…」
「…そうなるとこれの立場も無いんだが…」
「すみません。でも、嬉しいです。ありがとうございます」
「そうそう、素直に貰っておけ」
「くす、あの、開けてもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
冬海の手のひらにある箱を開けるとそこには、小さな銀のペンダントがあった。
「可愛い…」
冬海は、箱から取り出して自分に当ててみる。
「貸してみろ。付けてやるから」
金澤はそう言って、冬海にペンダントを付けてやる。
冬海の方は、真っ赤になって俯いて、付けてもらっている。
そんな彼女の様子に金澤は、悪戯心がでてきた。
彼女の耳元で囁く。
「笙子…」と。

いきなり、耳元で囁かれた冬海にしてみればたまった物ではない。
ただでさえ、ペンダントを付けてもらう為に、こんなにも接近して心臓がおかしくなりそうなのに…
ボンと音がしそうな位に真っ赤になって、硬直した冬海が出来てしまった。

「冬海?大丈夫か?」
硬直した冬海の肩を金澤が叩くとハッと我に返ったらしく
「だっ、大丈夫です。はい」
「悪かった。もうしないから、大丈夫だから」
冬海には金澤が、少し寂しそうに見えた。
とっさに金澤の袖を付かんでいた。
「冬海?」
「ち…違うんです…ただ…ビックリして…その…嫌じゃ…ないんです…だから…」
俯きながら、耳まで真っ赤にして…
可愛いと、いとおしいと素直に思ってしまう。
金澤は、冬海の頬を優しく包むように手を添えて、上を向かせる。
「そんな可愛い事、言われると困るぞ」
「えっ?あの…」
「こうしたくなる…」

冬海に優しいキスが降ってきた。
それは、少しタバコの匂いがした。


「先生、あの、なんで私の前でタバコ吸わないんですか?」
「あー、その事か。それはなぁ、お前さんの体にも影響したらまずいだろ」
「私の為ですか?」
「まぁ、それもあるがなぁ。いい機会だから少しずつ減らしてるんだよ」
「くす、それはいいと思います。先生の体にも」
「お前さんと一緒になる時には、完全に止めてると思うよ」
「!先生…それって…」
「まぁ、そう言うことだ。覚えておけ」
「はい、絶対に忘れません」
「いい返事だ。さて、帰るか」
「はい」

「先生…ありがとうございます」
冬海は小さな声で呟いた。
彼は、未来の約束をくれた。
いつか、この人の横に並べる日を…

 
金冬でした。
こちらも、もうすでに付き合ってる状態です。
しかし金やんが車を持ってなかったか覚えてないんでわかりません。(無責任)
でも、電車通勤らしいので、いいかなぁって…