柚木がいた。

「いつまで、この俺を待たせる気だ?」
そう言いながらもその言葉には、怒っている気配は無かった。
「せ、先輩!先に帰ったのでは?」
少し柚木は目を細めて、冬海のそばに近づいて
「ふ〜ん、そんなに俺が待ってるのはいけない訳?」
そう囁く。少し意地悪く。
そんな柚木に対して冬海は、慌てて答える。
「そんな事、無いです」
「そう、なら問題ないね。おいで」
「えっ?」
柚木は優雅に冬海に手を差し伸べる。
少し、、冬海は間を置いてからその手を取った。
「ふふ、いい子だね」
柚木達は、そのまま近くに止めてあった車に乗った。
そして、静かに車は、走り出した。

冬海はちらりと隣の柚木を見た。
真っ直ぐ前を見ていた。
いつも自信に満ちている瞳。
でも、時折寂しく見える時もある。
いつの間にか自分は、その瞳に囚われてしまった。
もう一人の自分を演じている人。
でも、自分の前では、素顔を見せてくれてる。
だから、嫌われてはいないけど…時より分からなくなる時もある。
そして、自分が彼の隣にいてもいいのか不安になる。
そんな事を言ったら怒られてしまうだろけど…
そんな事を考えながら、柚木を見ていたら、不意に目が合ったしまった。

「なに、そんなに真剣に人を見てるんだい?」
「えっ?いえ、その…何でも無いですから…すみません…」
冬海は真っ赤になりながら、下を向いてしまった。

そんな冬海を柚木の瞳は、優しく瞳になっていた。
唯一、自分自身を出せる人間。
こいつには、俺に無い物を持っている。
俺が触ってもいい物ではない。
でも、俺はそれを欲しいと思ってしまった。
囚われたのは、この俺の方。
いつの間にかこいつが俺の心に住みついてしまった。
でも、悪い気持ちではない。

また、二人の視線が絡み合った。
「なに?」
「あの、先輩。…どこに向かってるんですか?」
「ああ、その事。着いたらわかる」
「…そうですか」
そして、暫く車内は静けさが漂っていた。
音も無く、車が止まった。
目的地に着いたようだ。
柚木が先に降りて、冬海に手を差し出す。
「さぁ、着いたよ。お姫様」
「あっ、はい。ありがとうございます」
素直に柚木にエスコートされてて行く。
冬海が降りた場所は、小奇麗で落ち着いた感じのレストランだった。
「ここは…あの、先輩?」
「さぁ、入ろうか」
「あの…」
さっさと柚木は入っていく。
冬海は、それに従うしかなかった。

二人は、個室に通されて、柚木はボーイになにやら注文している。
こういうレストランでの食事は、それなりに慣れているが相手が柚木では話が違う。
いつもの家族での食事ではないのだから。
ボーイは、いつの間にかいなくなっていた。
ふと、前を見ると柚木がこちらを見ている。
「あの、先輩、どうしてここに?」
「んっ、何でって。今日はお前の誕生日だろ?」
「あっ、はい。そうですけど…」
「まぁ、あいつらもお前を祝いたかったみたいだから、昼間は譲ってやったんだよ」
「…先ほどのパーティの事ですか?」
「そっ。でも今からは俺だけのお前だろ?笙子?」
ボンと音が出るくらいに一瞬にして冬海の顔が赤くなった。
いつもながら、からかっているのか、本気なのか分からなくなる。
赤くなる冬海を見る柚木の目は優しかった。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と柚木が答える。
ボーイが入ってきた。その手には花束を持っている。
それを柚木に渡して、出て行った。
柚木は、冬海に近づきながら
「さて、コレも来たし。お姫様、コレを受け取ってもらえるかな?」
「こんな綺麗な花束を、私にですか?」
「あたりまえだろう?俺が選んだ花だぞ。受け取らないつもりか?」
「そんな事はないです。ただ…」
「ただ、何?」
「さっきのパーティの時にプレゼント、貰いましたし…」
「…あのなぁ、さっきのは、みんなからのだろ?これは俺から」
「いいんですか?」
「あのなぁ、何度も言わせるな」
「すみません。ありがとうございます。綺麗…いい匂い…」
柚木は、渡した花束を見ながらうっとりしている冬海を優しく見ている。

最近、友人に言われた事をふと思い出した。
『柚木ってさぁ、最近、優しい目になっるようになったよね』
こいつのせいかもなぁ。自分の視線の先にいる少女のせい。

花束に夢中な彼女の耳元で彼は呟く。
「来年の誕生日には、どんな花がいい?」
「先輩?!それって…」
ビックリして冬海が見上げると、にっこり微笑んでいる柚木がいる。
「来年だけじゃぁないよ。これからもずっと…」
「先輩…」
「おやおや、泣き虫だなぁ、お前は」
「すみません。でも、でも…私、私…」
「お前は、俺のそばにいる責任があるんだよ」
「?責任…」
「そう、俺をこんなにした責任」
「…?」
わからないだろうね、お前には。でも、おまえを手放す気はさらさら無いから。
柚木は、冬海の涙の跡に唇を落とした。
「せっ、せ、先輩!」
「ん、何かな?」
くすくす笑いながら柚木は席に戻った。
「さて、もうそろそろ食事が来る頃かな」


先輩には、絶対に適わない。ううん、適わなくてもいい。
そばにいてもいいって言ってくれた。
それだけで、いい。
そう思いながら、柚木の唇が触れた頬に手を当てた。
そこだけが、熱い。
ううん、心も…

 
柚冬でした。
こちらも、もうすでに付き合ってる状態です。
偽柚木〜難しいです、彼は。いやそれを言ったら、すべてのキャラが偽者〜(^^;