お前の笑顔を俺に…

いつも笑っていて欲しいのは、我が儘だろうか?

初めて会った時の印象は、お互い最悪だったんだと思う。
アイツは、俺の事をとても怖がってたし、俺は、そんなアイツの態度がイヤだった。
ただ、それはお互いを全然知らなかったから…
まぁ、見た目の印象だけで苦手だと思っていた。

そんな思いは、お互いの演奏を通して薄れていった。
そして、それはお互いの思いを変えていった。
俺は、アイツの事を好きになっていった・・・


お互い一つ学年が上がった。
俺は、音楽科の3年に、冬海は、同じ音楽科の2年に。
今のように練習を一緒にやる時間が増えた。
それは、お互いの思いを重ねるようで楽しい時間でもあった。
しかし、今日はそうならない。
冬海の音は、素直だ。
何かあるとすぐ分かる。特に俺には、そう思える自信はある。


「どうした?何かあったのか?」
土浦は、ゆっくりと冬海に向かい合うように視線を落とした。
さっきから一緒に練習しているのに、音が重ならない。
冬海は、キュッと唇を噛み締めて下を向いている。
まただ、と土浦は思った。
冬海は、自分で何でも溜め込んでしまう節がある。
それは、悪い癖でもあった。
もっと、自分に自信を持てばいいのだろうけど、そんなすぐには性格は変えれないだろう。
そんな事は、土浦は冬海と付き合ってから嫌と言うほど、思い知った。

「ふぅ、また、誰かに何か言われたのか?」
「・・・」
土浦は、小さくなってる冬海の頭の上にその大きくて、優しい手を置いた。
そして、なだめる様に髪を梳いていく。
「まったく、お前は・・・そんなに溜め込むな」
「土浦・・・先輩・・・すみません・・・」
「謝るなよ、お前の愚痴を聞けるのは、俺の特権でもあるんだし・・・」
「でも・・・」
「でも、はない。俺は、何でも聞く。特にお前の悩みはな」
「・・・でも、そんな事は・・・」
これでは、いつものようにキリが無い。
土浦は、ため息を付きながら、でも覚悟を決めたような顔で冬海に囁く。
「いいか、俺は、あまり女の気持ちとかよく分からないが、お前の事は大事だと思ってる」
「先輩・・・私・・・」
「それは、俺にとって大切な気持ちだから。
 お前が、そんな音を出すと心配になる。お前もそれは分かってるだろ?」
「・・・はい。ごめんなさい」
「いいよ、それが分かってくれるのなら・・・」
土浦は、髪を撫でていた手を冬海の濡れてた頬に持っていく。
そして、両手で冬海の顔を上げさせた。
「お前は、自信を持っていいんだよ、笙子。まぁ、すぐには出来ないのは分かってる」
「先輩・・・」
「それが、お前なんだから・・・」
「・・・」
「俺が好きになったお前だから…」
「先輩・・・」
「いつも笑顔でいて欲しいのは、俺の我が儘か?笙子?」
「・・・そんな事・・・ないです・・・ごめんなさい・・・私・・・先輩に・・・迷惑、かかるの・・・イヤだったんです・・・」
「そうか、お前の事だから、そんな事だろうと思った」
冬海の大きな瞳から涙が、零れていく。
その雫を土浦は、唇で受け止める。
「もう、泣くな。お前が泣くと俺はどうしたらいいのか分からなくなる」
「すみません・・・」
そう言いながらも冬海の雫はホロホロと流れていく。
土浦はその涙を見て、冬海にキスをする。
最初は、軽く何度も・・・そしてだんだんと深く。
いつの間にか冬海の涙は止まっていた。
「せっ・・・先輩・・・」
「笙子・・・泣き止んだか?その悪かった・・・急に・・・」
「えっ・・・あの・・・そんな事・・・ないです・・・」
土浦も少しバツが悪いらしく、あさって方を向いている。
「あの、先輩。私、嬉しいです」
「はっ?何を?」
「えーと、先輩が私の事、そんなに思って下さるのが・・・」
「笙子・・・」
「だから、私、がんばります。先輩の隣にいてもいいように・・・頑張ってみます・・・」
さっきまでの冬海とは思えない笑顔で、土浦に語りかけた。
そんな冬海の笑顔に安心したかのように、土浦の表情も優しくなっていた。
「そうだな、いつまでも隣にお前がいて欲しい」
 


そう、いつまでも、その笑顔を俺に向けていてくれ。
その為ならば、俺はどんな事でもしてやりたいから・・・



2009・8/15発行 いつも君のそばに 初出