これからも、ずっと…

「くそっ!」
昨日からついてない無い事だらけだ。
学校で聞きたくも無い噂話が耳に入って、その噂話のせいで集中できなかった。
今日だって、出掛けようとした時に姉貴に用事を言われるし…
待ち合わせ先に向かう途中では、接触事故だか何かで電車の中に閉じ込められるし…
仕方ないので、あいつに連絡しようにも携帯の電波が届かない…
なんで、こうもついてないんだ。
苛立つ。

やっと、目的の駅に着いた時にさらに苛立つ光景が見えた。
電車が遅れたせいで、改札の外は結構な人がいた。
だが、俺はすぐにあいつを見つけた。
あいつは、一人では無かった。
嫌がってるあいつの手を取って、何か言ってる男がいた。
「ナンパかよ…あいつに手を出しやがって…」
ずかずかと人を掻き分けて、あいつに近づく。
近くになるとあいつの声が聞こえてくる。
「やめ…て…下さい…」
「いいじゃん、遊びに行こうよ?」
なんでこいつ等は、捻りの無いセリフばかり吐くんだ。
俺は、冬海の手を掴んでる男の手を力一杯に掴む。
手加減なんかしてやるもんか。
「いてー!なにしやが…」
「いい加減、俺の彼女を放しやがれ!」
自分でも分かる位に、ドスの聞いた声で威嚇してやった。
「…!土浦先輩!」
とっさに冬海を俺の影に隠す。
「喧嘩なら、買うぜ…イライラしてるんでなぁ…」
そう言いながら、男の腕を離してやった。
男は、少し睨んでいたが、すぐに俺達の前からいなくなった。

俺の後ろでは、まだ少し震えてる冬海がいる。
深呼吸して、出来るだけやさしい声で
「すまない、遅れてしまって…怖い思いさせてしまって…」
「そんな事…ないです。先輩は…助けてくれましたし…」
ああ、こいつはこんな時まで俺に気を使う。
暫く、そのままで冬海が落ち着くのを待った。

「ごめんなさい。あの…ありがとうございました」
「…あのなぁ、俺が遅れたせいでこうなったんだから、謝るな」
「でも…」
「いいな」
「…はい」
ダメだ、まだイラついている。
こんなにも子供っぽい理由でイラついてる自分にさらにイラつく。
横にいる冬海は、きっと訳が分からなくて困ってるんだろうなぁ…
いつもの癖で、髪を掻き分けながら、ため息をつく。
「とにかく、ここから離れるか…そこら辺をぶらつくか?」
「はい…そうですね…」

駅前のショピングモールを冬海と並んで歩く。
少し前までは、冬海とこうして並んで歩けるなんて思わなかった。
こいつの事を意識してからは、色々と葛藤があった。
初めの頃は、俺を見るだけで逃げ出す事に訳が分からなくて俺もイラだってた。
春のコンクール中に少しずつだが、冬海は変わっていった。
俺に対しても逃げ出す事も無くなった。
いつの間にか、俺は冬海の事が気になっていた。

ふと、昨日の噂話が頭をよぎっていった。
自分でも今、嫌な顔してるのか分かった。
まずいなぁ…こいつはすぐに気がつく。
人の事には、敏感だから…
「先輩、その先輩が遅れたのはえーと、事故のせいですよね?だから…私…」
やはり、分かってしまったか。
「まぁ、そうなんだが、今は…」
「今は…?えーと、今は違うんですか?」
「…まぁな、ふぅ、昨日、学校で変な噂話を聞いてなぁ…」
「噂話…ですか?」
「ああ、それからついてないんでなぁ…まぁ、なんだ、気にするな」
「そうだったんですか…」
そう言って、冬海は少し考えて、真剣な面持ちで
「あの、先輩のお力になるか分かりませんが、私に何か出来る事ありませんか?」
「…はぁ?」
「えーと、たいした事は出来ませんけど、あの…たとえば話を聞くとか…えーと…」
俺の為に必死に考えてるこいつを見て、自分があんな噂話で振り回されてたのが
バカバカしくなってきた。
こいつは、冬海は大丈夫だ。
きっと、俺の傍にいてくれる。
これからもずっと…

冬海の頭に手を置きながら、礼を言う。
「ありがとうな。お前がいるだけで、十分だ」
「えっ、あの…そうですか?やっぱり、私では…」
しまった。逆効果だったか?
「いや、そう言うわけじゃなくて…お前がいるだけで力になるんだよ」
「…本当ですか?」
「あのなぁ…こんな事、ウソで言えるか…」
「…すみません。でも…嬉しいです。そう言ってもらえると」
そう言いながら、微笑んだ冬海は可愛かった。
「どこかに行きたい所はあるか?」
「もう少し歩いていたいです」
「そうか…」
俺は冬海の手を取って歩き出した。
小さな手。
でも、俺にとっては大切な人の手。
「あっ、あの…先輩…」
真っ赤になっている冬海がいた。
「いいだろう、別に。いやか?」
「いえ…そんな事ないです」
俺達は、手を取り合って歩ていく。
これからもすっと…



2007・9/23発行 はじめまして、恋。 初出