僕と彼女と の距離=0

「本当に子供みたいだなぁ…」
「えっ…?あの…」
横に視線を動かすと、少し不安そうな彼女の顔があった。
こんな顔もかわいいよなぁと思ってしまうのだから…

一つ年下で音楽科にいてクラリネット奏者の僕の彼女。
いつの間にか、僕の中に入り込んできた彼女の音楽。
少しずつ水が土に染み込むように、僕の心にも入ってきた。
彼女自身のように澄んだ音、それは、自分では奏でたくても奏でられない音。
だからかも知れない、こんなにも愛しい。


そんな事を思っている間に僕の隣では、いくら待っても
続きを話さない僕に冬海さんは戸惑っていた。
「あの…加地先輩?」
こう言う彼女は、とっても可愛い。
でも、少し意地悪してみたくて
「んー、何?冬海さん」
わざと知らん振りしてみせる。
「えーと…子供みたいって…何がですか?」
「知りたい?冬海さん」
「…加地先輩が話したくないのでしたら…その、無理にとは…」
ほら、やっぱり。
彼女は絶対にこう言うのは分かってた。
人が嫌がる事は、絶対に彼女はしないし、我が儘は言わない。
「そだなぁ、あっ、あそこで話してあげるよ」
そう言いながら、少し先にあるベンチに向かって歩き出す。
彼女も一緒に。

ベンチに座ると毎回、気になる事がある。
彼女と僕の距離。
すごく離れてはいないけど、だからと言って近くはない。
本当に微妙な距離。
これも子供みたいだなぁと思う事の一つ。
僕の我が儘なんだろうけど…
でも、約束したからね。話してあげるって…

「うーと、なんて言ったらいいのかなぁ…」
どう切り出したらいいのだろうね?
少し考えてから、僕は冬海さんとの距離を詰めた。
「あっ、あの…加地…先輩…?」
案の定、彼女は真っ赤になってる。
そうだろうね、僕と彼女は0になってるから…
「こうしたいなぁ…って思ってたんだ」
「あの…?」
「冬海さん、いつも僕との距離、空けて座るでしょう?」
「あっ、それは!その…あの…恥ずかしくて…その…」
「うん、分かってるから。でもね、いやだなぁって思ってね…」
「加地先輩…」
「だから、僕は子供だなぁって思ったんだ」
「そんな事、ないです!」
「冬海さん?」
「加地先輩は、とっても大人です。だって色々と知ってますし…それに…」
少しずつ声が小さくなって、顔を下に向いてしまう。
耳まで真っ赤になって…
「…それに、私の事、大切にしてくれてますし…」
聞こえるか、聞こえないか声がした。

それは、心臓を射抜かれたような気がした。

だから、気が付いた時には冬海さんを抱きしめてた。 「!か、加地…せん…ぱい…」
「もう、そんな可愛い事、言わないで…」
「あっ…あの…」
「これ以上、僕を喜ばせないで…」
「えっ、あの…それは…だめ…です…」
抱きしめてた腕を緩めて、下を向いてる彼女の顔を覗き込む。
「どうして?ダメなの?僕の事、嫌いになった?」
そう自分で言って、ズキって心が痛くなった。
ウソでも彼女の口からは、言って欲しくない言葉だから。
「違います…わ、私…加地先輩を少しでも…どんな事でもいいから…喜んで欲しいから…」
僕の思っていた事とは、正反対な言葉。
さっきまで、子供のような我が儘言ってた僕にくれる嬉しい言葉。

再度、彼女の事を抱きしめる。
「…もう、これ以上言うと僕、嬉しくておかしくなりそう…」
「えっ?それは…困ります…」
「ふふふ…そうだね。でも、それ位、嬉しいよ」
「…私も…先輩が嬉しいと嬉しいです…」
「でも、冬海さんも少しは、我が儘言ってね」
「?でも…」
「我が儘、言って…僕がそれをしてあげる」
「でも…でも…」
「君のしたい事、叶えてあげるのは、嬉しい事だから…ねっ」
「…はい…がんばります…」
「くすっ、我が儘言うのに頑張るの?」
「あっ…すみません」
「いいよ、何でも言って」
「…あの…じゃぁ、その…離してもらえますか?…恥ずかしいです…」
「んっ?それはだーめ」
「えっ?」
「ふふふ…もう暫くこーしてて…ねっ?」
僕の腕の中で、遠慮がちに頷いてくれる彼女。

ねぇ、本当に君の事を好きになってよかった。
君もそう思っていていいだよね。
これからずっと…



2007・9/23発行 はじめまして、恋。 初出