きみしかいないんだ

「で、そう言うんですよ。…先輩、聞いてますか?」
ふと、あいつの声で現実に戻される。
「あー、悪い。他の事、考えてた」
そうだ、笙子と久しぶりに外でお茶をしてたんだよなぁ。
心地良いBGMに雰囲気のいい喫茶店の店内。

「…何を考えていたんですか?」
「んっ、気になるか?」
「…えーと、気に…なります…」
笙子が、少し躊躇いがちに答える。
「あー、いやなぁ、こうしてお前と話せるようになったのは、何時からだろうって思ってさぁ」
「えっ?」
「最初なんかは、俺の顔、見た途端逃げ出したし…」
「…すみません」
俺の前に座ってる笙子は、本当にすまなさそうに謝ってる。
「あっ、いや。それを今更攻めてる訳じゃないんだ。ただ…」
「ただ…?」
「少し、いやだったなぁ…あれは。いつまでも脅えてたし…」
「あっ、あれは…その…私、男の人と…その…話すの…苦手で…」
ワタワタと焦ってる。
こういう姿、可愛いと思ってしまう。
溺れてるなぁ…こいつに、と感じてしまう。
「そうだよなぁ、笙子は。でも、参加者の中で俺が一番最後だったし…やっぱり、怖かったのか?」
「えっ、ちっ、違います!」
急に大きな声を出して、驚いた。
こいつがこんなにハッキリ、言うなんて、珍しい。
でも、少し声が大き過ぎたなぁ。
周りの他の客が俺達を見ている。
その事に気が付いた笙子は、真っ赤になってしまった。
「…違うんです…その…最初は…怖かったんですけど…先輩の…音、
ピアノ…聞いてから…その…気になって…しまって…
どう、話していいか分からなくて…だから…」
驚いた。そんな事、初めて、聞いた。
「あの、何か話さないと思ってたんですけど…先輩を見るとその…頭の中が真っ白になって…」
「だから、逃げてたのか?」
「…はい、ごめんなさい」

今だから笑える話だ。
あの時の俺は、こいつを気になるのに怖がられてると思ってた。
だから、無性にイライラしてもいた。
自分の感情をコントロール出来ずにいた。

「まぁ、しかたないか。今さらなぁ…」
「…先輩、あの、呆れてませんか?」
「んっ、何に?」
「あの、私の行動に…」
「あぁ、まぁ、笙子の事を知ってれば、仕方ない事だろ、それは。それに、今は平気だろ?」
「はい。でも、時々どうしたらいいのか分からなくなる時、ありますけど…」
「でも、逃げ出さないだろ?」
「もちろんです。頑張ろうって誓いましたから」
「…何に?」
「えーと、先輩にご迷惑かけないように。あと、先輩の横にいても恥ずかしくないようにって…」
「…笙子」
「あっ、すみません。私が勝手に思ってるだけで…その…」
「サンキュウな、俺も頑張らないとマズイなぁ…」
「えっ?」
「俺の方こそ、笙子の傍にいられるように頑張らないと」
「お互い、頑張りましょうね、先輩」
「ああ、そうだな」

そう、これからこいつと一緒に歩いていけるように…
二人でいつまでも…



2006・9/24発行 きみしかいないんだ 初出