不協和音

「なんで、土浦君があんな子と付き合ってるのか不思議よね〜」
「きっと、すぐ別れるよ。あの子じゃぁ」
「言えてるかも〜」
「アタシ、アタックしようかな?」

全然、聞くつもりじゃなかった。
本当に偶然に聞こえた声。
一番、聞きたくない事。
エントランスに行く途中で偶然、聞いてしまった。
それから、その言葉が耳から離れない。


「ふぅ、だめだな、私」
あの時の言葉を思い出したくなくて、音楽に、クラリネットに集中しても、ふと思い出してしまう。
今だって、練習室で頑張ってるのに。
音が途切れると、頭をあの言葉がよぎる。
学内コンクールで知り合った先輩
。 体が大きくて、なんだが怖くていつも会うと逃げ出してた。
でも、先輩の音楽、音はとても綺麗で、切なくて、優しくて心に響いてた。
だから、先輩はきっと優しいのかも知れないと…
それは、間違いなかった。
だって、自信なくて、とても不安で、逃げ出したかった私を助けてくれた。
色々な事から。
先輩は、キチンと私を、私の音楽を見ていてくれた。
それがとても嬉しくて、人に認めてもらうのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
だから、コンクールを頑張れたんだと今は、思える。
だから、先輩の事を好きになっていったのかも知れない。
でも、まだ自分に自信がない。あんな言葉を吹き飛ばす位の自信なんか無い。
「先輩、本当はどう思ってるのかな?」
後輩で、ほっとけなくて、ただ、それだけかも…
どんどん、悪い方向に考えてしまう。いけないのは分かってるけど、止まらない。

「もう、今日は練習、止めよう」
これじゃ、どんなに練習しててもダメだ。音楽にならない、きっと。
クラリネットをしまうと私は、練習室を後にした。



まだ、下校時間には早いから、あちこちで練習している音がする。
「先輩、どうしてるかな?」
「会いたいなぁ…」
そんな事、考えてたら無性に会いたくなって、グランドの方に向かっていた。


グランドでは、サッカー部が練習していた。
それを女の子達が黄色い声援を送っていた。
もちろん、土浦先輩にも。
来なければよかった。
また、あの言葉が頭の中に浮かぶ。
(やだ、こんなの。こんな気持ち)
私は、その場にいられなくて、駆け出した。
その様子を先輩が見ているのには、まったく気付かなかった。
そして、その日は、そのまま家に帰ってしまった。
いつもは先輩と一緒に帰るのに…



家に着いてからも、この嫌な気持ちは消えなくて…
どうしたら、いいのか分からなくて…
ベットの上に寝転がっていた時、ノックの音が聞こえた。

「笙子?土浦君から電話よ」

先輩から電話。そう言えば、さっき先輩からの着信音があった時つい、携帯の電源を落としてしまった。
今、先輩の声を聞きたくなくて。聞いたら、泣いてしまいそうで、だから。

「笙子?」
「お母さん、出たくないの…」
それ以上何も言えなかった。でも、お母さんは何も聞かないで
「そう、分かったわ」
そう言いながら、一階に下りていった。

最低だ。あの言葉通りになってしまう。でも、今の私には…

「笙子、入るわよ」
お母さんが部屋に入ってきた。
「どうしたの?土浦君も心配してたわよ。何かあったんじゃないかって」
先輩にも心配させてしまったんだ。自分の我侭のせいで。

何も言わないでいるとお母さんが私の頭を撫でて始めた。
「土浦君と何かあったの?お母さんでよければ、話しくらい聞くわよ?ねっ」
「でも、私、よく分からなくて…だって、こんな気持ち…わからない…」
「そう、でもね、笙子。土浦君に対してなんでしょう?その気持ち。だったら、キチンと話しなさい」
「でも…」
「大丈夫。彼だったらキチンと受け止めてくれるわよ」
「お母さん…」
「お母さんが保障してあげる。大丈夫よ」
その時、家のチャイムが鳴った
。 誰だろう?今日はお父さん、出張でいないはずだし、こんな時間に。
「あら、誰かしら?ちょっと行って来るわね」

お母さんが言ってけど、先輩にこんな気持ちの事、言ったらどう思うだろう?
呆れるかな、それとも…
嫌われる。それだけは、ヤダ。だったら言わないでいた方がいい。でも…
そんな堂々巡りな考えしてたら、突然、部屋のドアが開いて、そこには土浦先輩が立ってた。

「なっ…なんで、先輩が…」
「電話しても出てくれないから、直接来たんだ。突然で悪い」
「笙子、土浦君と話し合いなさい。心配して来てくれたんだから」
「じゃぁ、お母さんは下にいるから。土浦君、笙子の話、聞いてあげてね」
そう言いながら、お母さんは私達の前からいなくなった。
そして、私と先輩だけが残った。

どれだけの時間がたったんだろう?ほんの5分くらいだったかもしれない。
でも、私にはとても長い時間に思えた。
最初に話した出しのは、私だった。
「あの…その…」
上手く言葉がでない。上手く言えない。いつも、いつもそうだった。
なにをやってもダメで。自分から諦めて…それじゃぁ、ダメだって先輩にあってから分かったのに。
また、元に戻ってしまう。コンクールにでる前に。

「なぁ、冬海。今日、グランドに来てただろ?」
「えっ?なんで…知ってるんですか?」
「やっぱりなぁ、お前を見つけた途端、走っていっちまうんから」
「…ごめんなさい」
「いや、それはいいんだ。ただ最近、お前の音が塞ぎ混んでるみたいだったからなぁ」
「……」
「俺に話してくれないか?少しでもお前の力になりたい」
「俺ではダメか?」

私は、先輩の顔を見上げた。先輩は、なんだか寂しい瞳をしていて、そうさせてるのは私自身で。
私は、そんな顔をして欲しくなくて。だから、少しづつ話し始めた。
自分でもよく分からないこの気持ちの事を…
そんな私の話を先輩は、聞いてくれてた。
「…そうか」
「…ごめんなさい、こんな事で先輩に迷惑かけ…」
気付いたら、先輩に抱きしめられてた。痛いくらいに、力強く。
「もう、謝るな。俺は、嬉しいよ。冬海が嫉妬してくれて」
「ただ、そいつらの事は気にするな。俺は、お前以外の女とは付き合う気はないから、絶対に」
「でも…」
「まだ、そんな事、言うのか?お前は?」
「じゃぁ、証拠をみせてやるよ」
「えっ?」
そう言った先輩の顔が近づいて―

「わかったか?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「こういう事したいのは、お前だけだ」
「だから…もっと自信を持て。俺の彼女なんだろ?笙子」
先輩は、とても優しく、私の顔をその大きな、優しい手で包みこんでくれた。
それだけで、その言葉、想いでいままで悩んでいた事が無くなっていく様だった。
先輩は、いつも私に勇気をくれる。そして、優しさも。

「先輩…私…」
「名前」
「えっ?」
「名前で呼んで欲しい」
「…梁…太郎…先輩…」
「まっ、いいか、それでも。梁でいいよ。笙子」
「…梁先輩」
「笙子」
私達は、その日二度目のキスをした。


「すみません、こんなに遅くなって」
「いいさ、お前の為だし。あのままじゃぁ、俺もお前もイヤだったろうし」
「じゃぁ、おやすみ。また、あしたな」
「はい、おやすみなさい」
「・・・」
「・・・」
「あの、先輩?」
「ああ、お前が玄関に入ってから帰るよ」
「えっ、でも」
「いいから、なっ?」
「はい、わかりました。気をつけて帰って下さいね」
そう言って先輩の方に背伸びをした。
だって、先輩に…先輩のほっぺに…
「お、おやすみなさい、梁先輩!」

一目散に玄関に入ってしまった。そして、自分のした事に…
「ほっぺにキス…しゃった…」
玄関でアタフタしてたら、
「あら〜、笙子。顔、真っ赤よ」
「お、お母さん!」
「ふふふ、いいわね〜♪ラブラブで♪」
「なっ、知らない!」
私は、急いで自分の部屋に戻った。

先輩を好きになって、色々な感情がある事を知って…
知らない方が楽だったかもしれないけど、それが良いとは思わない。
この先もこういう事があるかもしれないけど、ゆっくりと自分なりに解決していこう。
その先には、きっと梁先輩がいるから。
だから、先輩。私、がんばりますから、見てて下さいね。
でも…
「…今日、眠れないかも…」
今日の事、思い出して…一人で部屋の中で顔を真っ赤にして…
「明日、どういう顔で会えば…いいのかな?」
でも、幸せな悩みでもあるけど…




「何、ニヤけてるのよ、気持ち悪い」
「なっ、姉貴。部屋に入るときはノックくらいしろよ!」
「いいじゃない、別に。遅く帰って来たかと思えば…ふーん」
「なっ、なんだよ」
「笙子ちゃん、だっけ?何かあったんだ?」
「なんで、それ知ってるんだ?」
「ふふふ、お姉様の情報網をなめるなよ。梁太郎」
「……」
「可愛い彼女よね。本当、なんでこんなのがいいのか?不思議だわ」
「悪かったな、こんなので」
「今度、家に連れて来なさいよ。色々と話、したいし」
「……」
「何しに来たんだよ。姉貴は」
「ん?からかいに来たに決まってんじゃない」
「だー、とっとと自分の部屋に帰れ!」
「はいはい、分かったわよ。そうだ、まだ、高校生なんだから、清い交際しなさいよ。じゃぁね」
そう言いながら、消えて行った。

「…なに考えてんだ…まったく」
ふと、今日の事をまた、思い出してしまった。
あの笙子が、自分から…
「今晩、眠れない…かもな…」
それより、明日どんな顔をして会えばいいのか…
でも、辛そうな思いをしてるあいつでは無いのなら…



2004・8/14発行 恋するたまご 初出